2007/11/19  0:34

光の洪水  映画
絶えることなく続く時間軸に垂直に交わるその時にこそ、永遠というのは存在するんじゃないか。

この間観た映画「4分間のピアニスト」のサウンド・トラックを聴いたけれど、当然のことながら映画で聴いた時よりも衝撃は少なかった。それは当然の結果であることはわかる。こうしてCDで音楽だけを聴いてみると、素晴らしいものではあっても、一度頭の中に最高の音像が作り出された後となっては、単純で、まとまりがなく心もとないものに聞こえてしまうところもある。
映像と共になることによって、ある種のエクスタシーを創り出すことが可能になる。たった30秒か40秒の音楽が、永遠に記憶に残るようなものに昇華される瞬間、そこに映画が持つ一つの最大の魅力がある。永遠への入口が開かれるみたいに。

「ねじまき鳥クロニクル」の中で、広い砂漠の真ん中の井戸に、敵軍の捕虜となって落とされてしまうという間宮中尉の話がある。井戸はとても深くて、日中でも外が明るいことくらいしか確認できないくらい暗い。自分の体すらどこも見えない。そんな中、一日のある時間だけ、太陽の光がその井戸の中に差し込んでくる。それは数十秒程しかないのだけれど、井戸の中をやさしい光で隅々まで満たし、途方もない温かみを与える。それからその瞬間だけを希求して井戸の中で過ごす間宮中尉は、その中に人生の真の意義が存在するのだ、とすら思う。

それを思い出した。


今日の音楽:ホロヴィッツ/ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番


それにしても最近は映画というものを面白いと思う。
この前、今年のカンヌ映画祭で受賞した河営照「離妊咼紂失遒任△襦嵋┐亮訖@廚DVDで観たけれど、まるで本当に生活をしているみたいな息遣いが感じられてとても不思議だった。本当に存在する話みたいに思えた。
本当の話を嘘のように描ける映画は数多く存在しても、嘘を真実のように描ける映画なんて少ないんじゃないかと思う。

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