2008/4/10  17:52

raw  文学
最近は短編を読むのが好きです。今日も大学に行く途中、電車で大幅に足止めをくらい、どうせなら図書館にでも行こうと思い少し読んできました。
そこにはレイモンド・カーヴァーの「象」という短編集が置いてあり(かなり新しい)、その中の「使い走り」という物語を読みました。それは、ロシアの作家、アントン・チェーホフが死を迎えるという情景を基に作られていた。話の筋に関係することではないが、つい最近「可愛い女」などを読んでいたのですぐにイメージが湧いた。著者自身が病に倒れ、最後の短編となったこの作品では、彼は自分とチェーホフを重ねている。
解説を読むと、それ以上の意見なんて思いつけないなと思います。

その図書館にはハードカバーでしか発売していないジャック・ロンドンのものがあったので、今度また立ち寄ろうかなと思いました。長編だと分割しないといけないけれど、短編なら全然読み切れるから嬉しい限り。

短編つながりでいえば、村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」の中からいくつかを選んで読んだ。この短編集は出版社も違うし、作品の色としてどこか他のものと違うものを帯びているように思っていた。というか、カラーが強すぎるのかもしれない。初めての短編集ということで、試行錯誤の時でもあったのだろう。
だから、読み返すのもなんとなくすっと手が伸びていかなくて、今回久しぶりに敢えて読もうと思った。印象的なテーマが多かったため、筋を漠然と覚えていたから記憶をなぞるように読めた。
一番不思議に思ったのは、ここまで情景を喚起できる文章というのをどういう風に作り出しているのだろうということだった。大体の作家の情景描写においては、ただその情景を「こういう感じかな」と推測するだけだ。木の形が描かれていればそれを頭で作り出す、そして天気も付け加える…そういう感じだ。けれど、春樹の場合は、すでに自分がそこにいて経験したことがあるんじゃないかと思えるくらい鮮明に思い描くことができる。思い描くというか、思い出すみたいに。文章の重ね方が上手いのか、それとも比喩にあるのか、日本人だからということなのか、それともそれら全てのおかげなのか。


今日の音楽:ALANIS MORISSETE/MTV UNPLUGGED

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