2008/9/30  23:53

border  徒然
急に寒くなってしまった。家の中にいると冷たそうな雨が、時に激しく時にささやかに家の屋根を打つのが聞こえる。秋ってこんなに寒かったっけ。

明日から10月。大学が始まり、生活リズムが戻るといい。図書館に毎日行けるのはうれしい。他に良いことはといえば…難しいけれど、大学に行っても行かなくてもあまり変わらないのかもしれない。


英語力向上のために、というかペイパーバックを読むための練習に最近好んで読んでいたのがBOB GREENEという人のコラム集。初めはかなりアメリカ独特(アメリカンドリーム的な匂い)の話が多いと感じてそこまで面白いとも思わなかったけれど、徐々に面白いと感じるようになってきた。サラリーマンの人生だったり、作家志望の青年の出版社に対する意見だったり、誰にでも書けそうなことをテーマ(もちろんこの人しか選べないテーマというのもその中には少なからずある)にとるけれど、凡庸では終わらない何かがある。

そんな中に、著者が36歳になった時の話がある。アメリカでは36歳から、好むと好まざるとにかかわらず中年というくくりの中へ入れられてしまうらしい(日本だとそこまで明確な定義がされていないと思うのだけど。そして調べてみたら40歳からというのも多かった。)。そしてそれは35歳までの世界とはまるで違ったもののように描かれている。「36歳になった人はまったく新しい状況に足を踏み入れるのだ」。
それまで通っていた歯医者に行って言われることは、その年齢からは虫歯を気にするのではなく歯肉炎の方を気にすること、コンパーメントに隣り合った女性と話し合い、その際自分の年齢を相手が知った時の表情から読み取れるもの、そして今まで滑稽味をこめて使うことができた"middle-aged"や"Aging"といった言葉がもはや何のおかしみももたないこと。
その中で面白いと思ったのは、「問題は、自分が年齢を意識した最後の時が17歳だったということだ」というところ。彼は言う。鮮やかで、大切な記憶というのは17歳の時のもので、近しい友人もその頃の人々だし、自分にとって重要で意味があるように思える出来事があったのもその時代なのだ、と。
トルーマン・カポーティは、自分の中には現在の自分と14歳の頃の自分が同居しているといった。
あるいはそういうこともあるかもしれない。


今日の音楽:Anthem/寺井尚子

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