2008/10/11 14:07
スパゲティー・スペシャル・ミートソース 弁護士・法律
どうしてもスパゲッティーが食べたくなり、錦糸町駅近くの「P」というパスタ店に入った。初めての店であるが、未知のものとの劇的な出会いを予感させるお洒落な店構え。きっとここで素晴らしい何かに出会えそうな、そんな少女のようなときめきに胸がふくらむ。
たしかに、入り口にはダスキン社が交換して1ヶ月近くは経ったと思われる緑色のマット、壁には一面にレンガ模様の壁紙。その上に芸能人のものとみられる10枚くらいのサイン入り色紙が飾ってある。私が知っている人はラッキー池田だけだったが。
それに今どき珍しいと思ったのだが、テーブルの上には100円コインを入れてレバーを回すとおみくじが出てくるミニ地球儀のような占い機が。私は思わずそれを手に取り振ってみたが、中には何百円かがたしかに投入されているようで、ズシリと重かった。
さて、メニューからいちばん安価な「スペシャルミートソース800円」を選ぶ。
しかし「ここに『スペシャルミートソース』とあるけどパスタもつくんだよね。」
あたりまえのことだが、あたりまえのことなればこそ、わたしは女子店員に確認するのを怠らなかった。
なぜかというと、かつて似たような店で、メニューに「スパゲッティー ミートナポリ」とあったので珍しいスパゲッティーだなと思って「この『ミートナポリ』ください。」と言ったら「それは『ミートソースかナポリタンか』という意味です。」と冷笑されたというお客としては憤懣やるかたない経験があったからだ。なんであれ、思い込みというのは危険だ。
しかし、「もちろんです。プラス200円で大盛りもありますよ。」
茶髪の店員は余裕しゃくしゃくといった体でそう答えた。
「じゃ大盛りでお願いします。」
…こういうところがメタボのメタボたるゆえんである。
しかし、通常メニューに加えて大盛りメニューがある店は概して三ツ星クラスの高級店であることが多い。付言すれば、高級店と非高級店の分水嶺は、この@大盛りがあるかないか、のほか、A店内にテレビがあるかないか、Bメニューに見本写真があるかないか・・・この合計3要件であるというのがこれまでの私の分析結果だ。なお、写真のほか店頭にロウで作ったマガイモノの見本があれば、さらにその店の高級感は高まる。
いずれにせよ、この店はこの3要件をすべて満たしている。これから提供されるであろうここPのスペシャルミートソースがどんなにスペシャルであるか、私の期待感はすでに破裂寸前といってよかった。
が、その前に驚かされたのは、運ばれてきた水のぬるさである。明らかに、単に水道水をそのままコップに注いだだけとみられる。私はこの率直さが気に入った。
そして、ちゃんとフォークとスプーンが運ばれてくるじゃぁないか。
昔はスパゲッティは、フォークだけで食べたものだが、いつからだろう、こうしてスプーンも併用されるようになったのは。
…だが、スプーンとフォークの機能をいちはやくともに身につけていたのが、かつての先割れスプーンではなかったか。なんであんないい物が姿を消したのか・・・などと思索にふけっているところに、お待ちかね! いよいよスパゲッティ・スペシャルミートソースのお出ましだ。
だが、オイオイ、ちょっと待ってくれよ。200円も追加したのに、よくもこれで大盛りを名乗れたもんだな!
いかにも高級店といった風情の量の少なさに、まず不満が先立った。・・・私はあまりこういう上品ぶった店は好まぬ。
しかし、スペシャルミートソースをひと口食べた途端、その思いは吹き飛んだ。
そうだろう、そうだろう、これならこの程度の量で十分すぎる! ・・・というか、人種、信条、性別、社会的身分又は門地のいかんを問わず、どこのだれだってこれ以上にここのスペシャルミートソースを食べようとは思わないだろう!
私は、その見事なスペシャルさに舌を巻いたのである。
まず、ミートソースのミート含有率の低さ。せめてミート入りソースと呼ぶべきではなかったか。
しかも、ソースのほとんどは、雨水が土にしみこむように、シャブシャブとパスタの下まで浸透し切ってしまっており、すでに皿の底の方に溜まりをなしている。パスタの上にはほんのわずかのひき肉片。しかも、そのミートが何のミートかわからない。うべなるかな、そう言えばメニューのどこにも、なんのミートかは書かれていなかった。
表示に偽装なし。
思い込みは危険だなどと言いながら、店員に「このミートソースのミートというのは、何のミートですか。」と問うのを怠った私が悪かったのだ。いや、何のミートか詮議するのは、むしろやめた方がよさそうである。
というのも、そのミートの舌に刺さるような「甘苦さ」。そして、ねっとり感。加えて、ソースの「甘しょっぱさ」。そして、そこはかとなきブリキ臭。だが全体的には明らかに薄味で、私は思わず「しょうゆはないですか。」と茶髪に問いかけそうになったほどだ。いや、それにしてもなんておいしいんだ!
いったいぜんたい誰がなにをどう間違えればこんなに素晴らしいミートソースを創造できるというのだろう。
パスタもノーベル賞級。少なくともモンド・セレクションの金賞くらいは受賞していてしかるべきだった。
まだ4人の名前を覚えられない身ではあるが、私はどっちかといえば、どんな麺であれ固めの方が好きだ。が、ここのパスタは、コンビニ弁当の隅でただの添え物に成り下がっているクニャクニャのパスタと違って、一本通った芯というものがある。そして、生の小麦粉そのままのパサパサ感、ボキボキ感、粉末感がたまらないじゃないか。気に入ったぞ!
それでいて、ところどころがくっつき、塊状になって離れない。あるいはメビウスの輪がはからずも現出するなど、いかにも心にくい演出といえよう。
いずれにせよ、このパスタにはこのソースしかあり得ず、このソースにはこのパスタしかあり得ぬ。どちらが欠けてもだめなのだ。ヒデとロザンナ、ジュンとネネ、あるいは、狩人クラスのコンビネーションと言えないだろうか。
かくして、味わい豊か、芳醇のきわみともいうべきこのスペシャルミートソース、しかもその大盛りを私は完食した。
残ったのは、困難に立ち向かい、仕事をやり遂げた者にしか味わえない充実感だった。
1,000円。これだけのスパゲッティーを、昼間かんたんに食べられる身分になったのだ・・・。私は司法試験の合格発表があったあの日を思い出した。
いずれにせよ――別に隠れているわけではないが――こういう店をこそ、まさに隠れた名店というのだろう。
錦糸町駅北口から歩いて5分くらいのところ。簡易裁判所からもそんなに遠くない。
このブログの読者のみなさまも機会があればぜひ一度Pを訪ねていただきたい。
今度ばかりは自信をもって、私はPを推薦する。
たしかに、入り口にはダスキン社が交換して1ヶ月近くは経ったと思われる緑色のマット、壁には一面にレンガ模様の壁紙。その上に芸能人のものとみられる10枚くらいのサイン入り色紙が飾ってある。私が知っている人はラッキー池田だけだったが。
それに今どき珍しいと思ったのだが、テーブルの上には100円コインを入れてレバーを回すとおみくじが出てくるミニ地球儀のような占い機が。私は思わずそれを手に取り振ってみたが、中には何百円かがたしかに投入されているようで、ズシリと重かった。
さて、メニューからいちばん安価な「スペシャルミートソース800円」を選ぶ。
しかし「ここに『スペシャルミートソース』とあるけどパスタもつくんだよね。」
あたりまえのことだが、あたりまえのことなればこそ、わたしは女子店員に確認するのを怠らなかった。
なぜかというと、かつて似たような店で、メニューに「スパゲッティー ミートナポリ」とあったので珍しいスパゲッティーだなと思って「この『ミートナポリ』ください。」と言ったら「それは『ミートソースかナポリタンか』という意味です。」と冷笑されたというお客としては憤懣やるかたない経験があったからだ。なんであれ、思い込みというのは危険だ。
しかし、「もちろんです。プラス200円で大盛りもありますよ。」
茶髪の店員は余裕しゃくしゃくといった体でそう答えた。
「じゃ大盛りでお願いします。」
…こういうところがメタボのメタボたるゆえんである。
しかし、通常メニューに加えて大盛りメニューがある店は概して三ツ星クラスの高級店であることが多い。付言すれば、高級店と非高級店の分水嶺は、この@大盛りがあるかないか、のほか、A店内にテレビがあるかないか、Bメニューに見本写真があるかないか・・・この合計3要件であるというのがこれまでの私の分析結果だ。なお、写真のほか店頭にロウで作ったマガイモノの見本があれば、さらにその店の高級感は高まる。
いずれにせよ、この店はこの3要件をすべて満たしている。これから提供されるであろうここPのスペシャルミートソースがどんなにスペシャルであるか、私の期待感はすでに破裂寸前といってよかった。
が、その前に驚かされたのは、運ばれてきた水のぬるさである。明らかに、単に水道水をそのままコップに注いだだけとみられる。私はこの率直さが気に入った。
そして、ちゃんとフォークとスプーンが運ばれてくるじゃぁないか。
昔はスパゲッティは、フォークだけで食べたものだが、いつからだろう、こうしてスプーンも併用されるようになったのは。
…だが、スプーンとフォークの機能をいちはやくともに身につけていたのが、かつての先割れスプーンではなかったか。なんであんないい物が姿を消したのか・・・などと思索にふけっているところに、お待ちかね! いよいよスパゲッティ・スペシャルミートソースのお出ましだ。
だが、オイオイ、ちょっと待ってくれよ。200円も追加したのに、よくもこれで大盛りを名乗れたもんだな!
いかにも高級店といった風情の量の少なさに、まず不満が先立った。・・・私はあまりこういう上品ぶった店は好まぬ。
しかし、スペシャルミートソースをひと口食べた途端、その思いは吹き飛んだ。
そうだろう、そうだろう、これならこの程度の量で十分すぎる! ・・・というか、人種、信条、性別、社会的身分又は門地のいかんを問わず、どこのだれだってこれ以上にここのスペシャルミートソースを食べようとは思わないだろう!
私は、その見事なスペシャルさに舌を巻いたのである。
まず、ミートソースのミート含有率の低さ。せめてミート入りソースと呼ぶべきではなかったか。
しかも、ソースのほとんどは、雨水が土にしみこむように、シャブシャブとパスタの下まで浸透し切ってしまっており、すでに皿の底の方に溜まりをなしている。パスタの上にはほんのわずかのひき肉片。しかも、そのミートが何のミートかわからない。うべなるかな、そう言えばメニューのどこにも、なんのミートかは書かれていなかった。
表示に偽装なし。
思い込みは危険だなどと言いながら、店員に「このミートソースのミートというのは、何のミートですか。」と問うのを怠った私が悪かったのだ。いや、何のミートか詮議するのは、むしろやめた方がよさそうである。
というのも、そのミートの舌に刺さるような「甘苦さ」。そして、ねっとり感。加えて、ソースの「甘しょっぱさ」。そして、そこはかとなきブリキ臭。だが全体的には明らかに薄味で、私は思わず「しょうゆはないですか。」と茶髪に問いかけそうになったほどだ。いや、それにしてもなんておいしいんだ!
いったいぜんたい誰がなにをどう間違えればこんなに素晴らしいミートソースを創造できるというのだろう。
パスタもノーベル賞級。少なくともモンド・セレクションの金賞くらいは受賞していてしかるべきだった。
まだ4人の名前を覚えられない身ではあるが、私はどっちかといえば、どんな麺であれ固めの方が好きだ。が、ここのパスタは、コンビニ弁当の隅でただの添え物に成り下がっているクニャクニャのパスタと違って、一本通った芯というものがある。そして、生の小麦粉そのままのパサパサ感、ボキボキ感、粉末感がたまらないじゃないか。気に入ったぞ!
それでいて、ところどころがくっつき、塊状になって離れない。あるいはメビウスの輪がはからずも現出するなど、いかにも心にくい演出といえよう。
いずれにせよ、このパスタにはこのソースしかあり得ず、このソースにはこのパスタしかあり得ぬ。どちらが欠けてもだめなのだ。ヒデとロザンナ、ジュンとネネ、あるいは、狩人クラスのコンビネーションと言えないだろうか。
かくして、味わい豊か、芳醇のきわみともいうべきこのスペシャルミートソース、しかもその大盛りを私は完食した。
残ったのは、困難に立ち向かい、仕事をやり遂げた者にしか味わえない充実感だった。
1,000円。これだけのスパゲッティーを、昼間かんたんに食べられる身分になったのだ・・・。私は司法試験の合格発表があったあの日を思い出した。
いずれにせよ――別に隠れているわけではないが――こういう店をこそ、まさに隠れた名店というのだろう。
錦糸町駅北口から歩いて5分くらいのところ。簡易裁判所からもそんなに遠くない。
このブログの読者のみなさまも機会があればぜひ一度Pを訪ねていただきたい。
今度ばかりは自信をもって、私はPを推薦する。
2008/10/8 3:48
官報を閲覧する 弁護士・法律
ある破産事件の“事件番号”(注)が知りたくて、裁判所に問い合わせたが、教えることはできません、とのことだった。そこで、弁護士会の図書館に行って、官報(破産宣告は官報に掲載される。)のバックナンバーを調べることにした(ほかに何かいい方法をどなたかご存知でしたらお教え下さい。)。
官報などというものを読む機会はそうそうあるものではない。
しかし、数々の記事、とくに破産宣告など裁判所関係の公告を見ているとなかなか興味深かった。
ある著名な政治家が代表をつとめる団体が破産宣告を受けていたり、自分の家の近所の人がずいぶんたくさん破産宣告を受けていたり・・・。破産管財人に選任されている弁護士の中に、同期生の名前を見つけたり、ある公設事務所でがんばっている弁護士の名前を見つけたり、なんとなく懐かしさがこみ上げてくることも。
それにしても、図書館に備えられた官報のバックナンバーは刷りたてそのままにページ同士がくっついていたりして、今日までに誰かがひもといた形跡もなかった。いわば、私がこの官報の長年の眠りをさましたようなものである。
おそらく全国のたくさんの図書館で、同じように官報の膨大なページ、そこに掲載された無数の情報が、だれに見られることもなく静かに冬眠しているに違いない。
・・・さて、結局目的の破産事件の事件番号もなんとか探し当てることができた。しかし、そのために2時間くらいかかってしまった。
なお、インターネットで官報の情報を検索したりできるサービスもあるとのこと(有料)。ただし、その申し込みはオンラインではできない。官報販売所に行って申込書を直接提出しなければならないそうだ。
2時間かかったが、販売所に行って帰ってきてパソコンで検索するよりは、まぁ早くすんだわけだ。
注) 裁判所の手続にはそのいちいちにナンバリングがされており、それで手続が特定される。たとえば、通常訴訟事件は、平成20年(ワ)第1234567号などと表示される。
官報などというものを読む機会はそうそうあるものではない。
しかし、数々の記事、とくに破産宣告など裁判所関係の公告を見ているとなかなか興味深かった。
ある著名な政治家が代表をつとめる団体が破産宣告を受けていたり、自分の家の近所の人がずいぶんたくさん破産宣告を受けていたり・・・。破産管財人に選任されている弁護士の中に、同期生の名前を見つけたり、ある公設事務所でがんばっている弁護士の名前を見つけたり、なんとなく懐かしさがこみ上げてくることも。
それにしても、図書館に備えられた官報のバックナンバーは刷りたてそのままにページ同士がくっついていたりして、今日までに誰かがひもといた形跡もなかった。いわば、私がこの官報の長年の眠りをさましたようなものである。
おそらく全国のたくさんの図書館で、同じように官報の膨大なページ、そこに掲載された無数の情報が、だれに見られることもなく静かに冬眠しているに違いない。
・・・さて、結局目的の破産事件の事件番号もなんとか探し当てることができた。しかし、そのために2時間くらいかかってしまった。
なお、インターネットで官報の情報を検索したりできるサービスもあるとのこと(有料)。ただし、その申し込みはオンラインではできない。官報販売所に行って申込書を直接提出しなければならないそうだ。
2時間かかったが、販売所に行って帰ってきてパソコンで検索するよりは、まぁ早くすんだわけだ。
注) 裁判所の手続にはそのいちいちにナンバリングがされており、それで手続が特定される。たとえば、通常訴訟事件は、平成20年(ワ)第1234567号などと表示される。
2008/10/1 4:21
カバンがこわれる 弁護士・法律
私は物をとても大切にする。これだけは自信がある。
カバンも大事に使っているのだが、最近、仕事用にいつも持ち歩いているカバンのファスナーの不具合に悩まされてきた。
そのカバンは、不動産や自動車やテレビを持たない私の持ち物の中では最も高価な部類に属する、L社製の何千円もする、私に言わせればかなり高級な黒革のカバンだ。
しかし、ブランド品といっても、L社はれっきとしたカバン屋である。ファスナーにもそのL社のロゴ・マークが入っている。
しかし、ファスナーだけはやっぱり日本のYKKに限るようだ。
今日、ある用事で家庭裁判所にいたら、ついにファスナーが全然閉まらなくなり、まぁ開かなくなるよりはいいだろうが、いらついた私はついにこれは修理に出すしかないと判断した。
しかし、実はそのカバンは、昨年の10月にも同じファスナーの不具合で修理に出したばかりなのだ。そのとき修理代だけで何万円もかかったのを私は忘れたくても忘れられない。
私は、家裁からその足で銀座に出て、そのカバン屋に寄り、黒木瞳に似た店員に不具合を訴え、昨年修理してもらったばかりであることを告げた。
「また何万円もかかるようなら、御社のカバンがファスナーの閉まらないカバンであることをブログに書きますよ。」
黒木は、恐縮しながら丁寧に応対してくれた。
「とりあえずお預かりさせていただきます。中の荷物はこの紙袋に移し変えていただけますでしょうか。」
店員は、ブランド・カラーの堅牢そうな紙袋を差し出した。
「よろしくお願いしますね。」
私は紙袋に荷物を入れかえて、雨の戸外に出た。
しかし、しばらく歩いていたらその紙袋の取っ手が待ってましたとばかりに見事にブチ切れた。
普段からいかに私が重い荷物を持っているかということがこうして実証されるとともに、取っ手のとれた紙袋がいかに始末に負えないかということを、私は確認する機会に恵まれた。さらに、雨の中傘をさしながら、ズッシリと書類とかが入った取っ手のとれた紙袋を抱えて歩くことがいかに人類に不自然な姿勢を強いるかということもよくわかった。それがこの日の最大の収穫であった。
しかも、そういうときに限って携帯に電話がかかってきたのである!
だいたい、私の携帯なんかに電話がかかってくるのは、@ホームで電車を待っていてもうすぐ電車が来るというとき、Aトイレに入っているとき、Bほかの電話をしているとき・・・の@からBのいずれかなのだが、こういう風に雨の中取っ手のとれた紙袋をかかえているときがCとして追加されるとは、今日このときまでさすがの私も予期していなかった。
いずれにせよ、携帯を取り出すのに時間がかかっているうちに電話は切れてしまった。
直後、着信履歴を見て、そこにこちらから折り返してみたら、明らかに老婆の声としか思えない声の持ち主が電話に出た。
「弁護士の市川ですが、今、お電話いただいたようですが。」
私が言うと、その女性は「いいや。電話なんかかけていませんよ。」と迷惑そうに答えたのだった。
「そうですか。それは大変失礼しました!」
私は電話を切った。明白な着信履歴が残っているけど、どうせ間違っているのは私だろう。私は“言った言わない”の争いを避ける傾向がある非常に弱い人間である。
しかし気付いたら、かかえていた紙袋は雨でグシャグシャになりつつあった。
いくらL社の紙袋でも紙袋は紙袋だ。紙袋は水に弱い。そのことも私はこの日身をもって学んだのだった。
カバンも大事に使っているのだが、最近、仕事用にいつも持ち歩いているカバンのファスナーの不具合に悩まされてきた。
そのカバンは、不動産や自動車やテレビを持たない私の持ち物の中では最も高価な部類に属する、L社製の何千円もする、私に言わせればかなり高級な黒革のカバンだ。
しかし、ブランド品といっても、L社はれっきとしたカバン屋である。ファスナーにもそのL社のロゴ・マークが入っている。
しかし、ファスナーだけはやっぱり日本のYKKに限るようだ。
今日、ある用事で家庭裁判所にいたら、ついにファスナーが全然閉まらなくなり、まぁ開かなくなるよりはいいだろうが、いらついた私はついにこれは修理に出すしかないと判断した。
しかし、実はそのカバンは、昨年の10月にも同じファスナーの不具合で修理に出したばかりなのだ。そのとき修理代だけで何万円もかかったのを私は忘れたくても忘れられない。
私は、家裁からその足で銀座に出て、そのカバン屋に寄り、黒木瞳に似た店員に不具合を訴え、昨年修理してもらったばかりであることを告げた。
「また何万円もかかるようなら、御社のカバンがファスナーの閉まらないカバンであることをブログに書きますよ。」
黒木は、恐縮しながら丁寧に応対してくれた。
「とりあえずお預かりさせていただきます。中の荷物はこの紙袋に移し変えていただけますでしょうか。」
店員は、ブランド・カラーの堅牢そうな紙袋を差し出した。
「よろしくお願いしますね。」
私は紙袋に荷物を入れかえて、雨の戸外に出た。
しかし、しばらく歩いていたらその紙袋の取っ手が待ってましたとばかりに見事にブチ切れた。
普段からいかに私が重い荷物を持っているかということがこうして実証されるとともに、取っ手のとれた紙袋がいかに始末に負えないかということを、私は確認する機会に恵まれた。さらに、雨の中傘をさしながら、ズッシリと書類とかが入った取っ手のとれた紙袋を抱えて歩くことがいかに人類に不自然な姿勢を強いるかということもよくわかった。それがこの日の最大の収穫であった。
しかも、そういうときに限って携帯に電話がかかってきたのである!
だいたい、私の携帯なんかに電話がかかってくるのは、@ホームで電車を待っていてもうすぐ電車が来るというとき、Aトイレに入っているとき、Bほかの電話をしているとき・・・の@からBのいずれかなのだが、こういう風に雨の中取っ手のとれた紙袋をかかえているときがCとして追加されるとは、今日このときまでさすがの私も予期していなかった。
いずれにせよ、携帯を取り出すのに時間がかかっているうちに電話は切れてしまった。
直後、着信履歴を見て、そこにこちらから折り返してみたら、明らかに老婆の声としか思えない声の持ち主が電話に出た。
「弁護士の市川ですが、今、お電話いただいたようですが。」
私が言うと、その女性は「いいや。電話なんかかけていませんよ。」と迷惑そうに答えたのだった。
「そうですか。それは大変失礼しました!」
私は電話を切った。明白な着信履歴が残っているけど、どうせ間違っているのは私だろう。私は“言った言わない”の争いを避ける傾向がある非常に弱い人間である。
しかし気付いたら、かかえていた紙袋は雨でグシャグシャになりつつあった。
いくらL社の紙袋でも紙袋は紙袋だ。紙袋は水に弱い。そのことも私はこの日身をもって学んだのだった。
2008/9/30 3:05
「ねんきん特別便」がとどいた 弁護士・法律
「ねんきん特別便」が私のところにも来た。
なぜ「ねんきん」とひらがな書きにするのかよくわからないが、それ以上に、説明書その他中にいろいろ書かれていて、読むのが面倒で、どうしたらいいのか、内容も決して分かりやすいとはいえないように思えた。高齢者の人ならなおさらだろう(ひそかに自分はまだ高齢者じゃないと思ってるらしい。)。
ところで、肝心の私の年金記録だが、見る限り特別間違いなどはないように思えた。
が、よく見てみたら、2年間ほど加入空白期間がある。
・・・おかしいな、年金はひと月も欠かさず払ってきたつもりだったが・・・。きちっきちっと年金を払うため辛酸を嘗めてきた日々が思い出される(実は今もそうなのだが。)。
そこで、よくよく考えてみたら、その2年間は、司法試験に合格して司法修習生として研修をしていた幸福な期間だ。その間も給与を頂いていたが、この間年金はどうだったろうか。どこかの公務員共済か何かに加入していたんだろうか。
当時の給与明細があったような気がしたので古い書類箱をひっくり返したがさすがに見当たらなかった。こういった不毛な作業のおかげでこの時間になってしまったのにこうしてブログを更新している私っておそらくタダのバカではない。
しかしそれにしても、弁護士でありながら、そもそも年金の基本的なシステムをよく理解していない自分に気付く。
情けない限りだ。
なぜ「ねんきん」とひらがな書きにするのかよくわからないが、それ以上に、説明書その他中にいろいろ書かれていて、読むのが面倒で、どうしたらいいのか、内容も決して分かりやすいとはいえないように思えた。高齢者の人ならなおさらだろう(ひそかに自分はまだ高齢者じゃないと思ってるらしい。)。
ところで、肝心の私の年金記録だが、見る限り特別間違いなどはないように思えた。
が、よく見てみたら、2年間ほど加入空白期間がある。
・・・おかしいな、年金はひと月も欠かさず払ってきたつもりだったが・・・。きちっきちっと年金を払うため辛酸を嘗めてきた日々が思い出される(実は今もそうなのだが。)。
そこで、よくよく考えてみたら、その2年間は、司法試験に合格して司法修習生として研修をしていた幸福な期間だ。その間も給与を頂いていたが、この間年金はどうだったろうか。どこかの公務員共済か何かに加入していたんだろうか。
当時の給与明細があったような気がしたので古い書類箱をひっくり返したがさすがに見当たらなかった。こういった不毛な作業のおかげでこの時間になってしまったのにこうしてブログを更新している私っておそらくタダのバカではない。
しかしそれにしても、弁護士でありながら、そもそも年金の基本的なシステムをよく理解していない自分に気付く。
情けない限りだ。
2008/9/27 3:22
エレベーター利用上の注意 弁護士・法律
「この注意書き(★写真)は先生が起案されたんですってね。さすが、微に入り細をうがった作品ですね。」
「ありがとう。たしかに私の自信作のひとつといえる。」
「それにしても、B『このエレベーターは自動運転です。行先ボタンを押すと戸は開閉し目的階につきます。必要以外のボタンを押さないで下さい。』とか、F『閉る戸を無理に押えると故障をおこします。戸を開けておく必要のある時は戸開ボタンを押し続けてください。』、さらにはG『乗り場のボタンや行先ボタンはかならず指先で押して下さい。』など、こんな注意書き全くいらないという少数説もあり得ますね。そもそも指先以外でボタンを押す人がいますかね。」
「それはエレベーターの何たるかを知らない青二才の書正論というべきだね。」
「・・・にしても『定員を守れ』とか『静かに』とか『禁煙』とか、ここまで細かいのを利用者がいちいち読んでくれるでしょうかね。」
「それは別にいいんだ。どうせ読まなくたってわかってることばかりなんだから。」
「だったら何のためにこういう掲示をするのですか。」
「なにか事故が起きたときに、だから注意したじゃないですか、と言うためだよ。」
「はぁ・・・。しかしこの掲示はのっけから『このエレベーターは身障者・・・のためのものです。子供及び一般の方はご遠慮下さい。』とまで言い切っているところが異色ですね。健常者は乗っちゃいけないんですか。」
「いやそんなことはない。しかしこれくらい言わないと弱者優先が実現しないんだよ。シルバーシートだって《優先席》とするから若者が席を譲らない。《専用席》としておけばいいのだ。」
「でも『ご遠慮下さい。』と言っておきながら最後に『みなさんのエレベーターです。大切に使いましょう。』と言うのは矛盾するように感じますがね。」
「そういうのを《言葉尻をとらえる》というのだ。君、トイレの中によく『トイレットペーパー以外は流さないで下さい。』という注意書きがあるのを見たことがあるだろう?」
「はい。」
「それを見て君は、ウンコは流しちゃいけないのか、とは思わんだろう。」
「もちろんですよ。」
「それと同じことなのだ。規範の理解とはまず全体の筋を把握することから始まる。法律学は訓詁学じゃないんだから。」
「はぁ。・・・いずれにせよ、今日は先生が裁判に勝てないわけが何となくわかりましたよ。」
「そうか。それはよかった。」
2008/9/23 2:15
相続人の不存在 弁護士・法律
裁判の連敗記録を更新し続けていた私だが、今日は実に久々に裁判所から私の申立が認められたといううれしい知らせがあった。といっても、相続財産管理人の報酬請求の申立であるが・・・。
ある人が死んで、相続人がみんな相続放棄をしてしまったり、相続人がそもそも不明な場合などに、遺産=相続財産がそのまま放置されるといろいろな問題があるので、そういう場合には、利害関係者の請求などにより、相続財産管理人という一種の管理人が選任されることになっている。
この管理人は、遺産の管理をするとともに、もし故人にお金を貸している人などがいれば、そういった遺産をお金にかえて弁済をしたり・・・といった清算事務をする。
私も、宮古島の城辺というところで死んだある人の相続財産管理人を、地元の裁判所から任命された。そして、現在もその大役(?)を担っているのだ。
よく、「相続人がいないときは遺産は国に没収されるのでしょう?」と尋ねられることがある。しかし、事はそう単純じゃなくて、今述べたような清算手続が必要になるほか、あまった遺産からは、故人に特別ゆかりのある人や看護に尽くした人などにいくらか分け前が与えられることもある。その残りが国庫に帰属するというのが法律である。
それにしても、私は城辺の人の遺産の管理などのためこれまで15万円くらいの費用が持ち出しになっていたが、今日、それを補ってあまりある報酬請求が認められたのでホッとしているところだ。15万円というと、私にとっては大変な大金。
そして、この人の遺産の場合、債務超過であるのは明らかなので、結局は国庫に帰属する財産は皆無ということになる。
早い話が、債務超過なものだから、相続人がみんな放棄をしてしまったのである。
ある人が死んで、相続人がみんな相続放棄をしてしまったり、相続人がそもそも不明な場合などに、遺産=相続財産がそのまま放置されるといろいろな問題があるので、そういう場合には、利害関係者の請求などにより、相続財産管理人という一種の管理人が選任されることになっている。
この管理人は、遺産の管理をするとともに、もし故人にお金を貸している人などがいれば、そういった遺産をお金にかえて弁済をしたり・・・といった清算事務をする。
私も、宮古島の城辺というところで死んだある人の相続財産管理人を、地元の裁判所から任命された。そして、現在もその大役(?)を担っているのだ。
よく、「相続人がいないときは遺産は国に没収されるのでしょう?」と尋ねられることがある。しかし、事はそう単純じゃなくて、今述べたような清算手続が必要になるほか、あまった遺産からは、故人に特別ゆかりのある人や看護に尽くした人などにいくらか分け前が与えられることもある。その残りが国庫に帰属するというのが法律である。
それにしても、私は城辺の人の遺産の管理などのためこれまで15万円くらいの費用が持ち出しになっていたが、今日、それを補ってあまりある報酬請求が認められたのでホッとしているところだ。15万円というと、私にとっては大変な大金。
そして、この人の遺産の場合、債務超過であるのは明らかなので、結局は国庫に帰属する財産は皆無ということになる。
早い話が、債務超過なものだから、相続人がみんな放棄をしてしまったのである。
2008/9/20 1:19
失礼な(?)電話 弁護士・法律
悪気はないのだろうが、よく考えてみれば非常に失礼な電話だと思った。
携帯にかかってきたのだが、のっけから「だれだかわかりますか。」
・・・まず名乗ってよ、と言いたい。
しかし、実のところその声を聞けば、それが誰かはすぐにわかった。話し方に独特な特徴がある。
それは、私が沖縄宮古島で勤務していた頃、何度も相談に乗ってあげたPさんである。
Pさんは、精神疾患に悩まされており、むしろ気の毒な人だ。お金もほとんど持っていない。だから、ボランティアで何度も何度も相談に乗ってあげたものだった。
ただ、今日は私はたまたま地下鉄の中だった。
地下鉄が赤坂見附駅に着いた瞬間にその電話はかかってきた。
私は、何の用かなと思いつつも、「Pさんですね。わかりますよ。ただ、今地下鉄に乗っているところで、電波も切れるから、あと10分くらいしたらもう一度電話をください。」
そういって、電話を切った。
しかし、その後、今に至るもPさんから電話はかかってこない。
いったい何だったのだろう?。
宮古島から久しぶりに電話がかかってきて、それが何かいい知らせだったり、久しぶりに声を聞きたかっただけです、とかいうことは経験則上まずない。
むしろ厄介な相談ごとであることがほとんどで、そのため、1時間近くの無料電話相談会とあいなることが多い。私以上に、携帯の電池がかなり消耗する。
Pさんもきっとなにか新しい相談事ができたのに違いない。
しかしそれにしても1年以上何の連絡もない人が「だれだかわかりますか。」はないんじゃないだろうか。
いくら私が暇をもてあましているといっても、つまらない問答は趣味ではない。
相手がPさんならやむを得ないとも言えようが、次に電話がかかってきたら、私はまずそのことを諭してあげようと思う。
携帯にかかってきたのだが、のっけから「だれだかわかりますか。」
・・・まず名乗ってよ、と言いたい。
しかし、実のところその声を聞けば、それが誰かはすぐにわかった。話し方に独特な特徴がある。
それは、私が沖縄宮古島で勤務していた頃、何度も相談に乗ってあげたPさんである。
Pさんは、精神疾患に悩まされており、むしろ気の毒な人だ。お金もほとんど持っていない。だから、ボランティアで何度も何度も相談に乗ってあげたものだった。
ただ、今日は私はたまたま地下鉄の中だった。
地下鉄が赤坂見附駅に着いた瞬間にその電話はかかってきた。
私は、何の用かなと思いつつも、「Pさんですね。わかりますよ。ただ、今地下鉄に乗っているところで、電波も切れるから、あと10分くらいしたらもう一度電話をください。」
そういって、電話を切った。
しかし、その後、今に至るもPさんから電話はかかってこない。
いったい何だったのだろう?。
宮古島から久しぶりに電話がかかってきて、それが何かいい知らせだったり、久しぶりに声を聞きたかっただけです、とかいうことは経験則上まずない。
むしろ厄介な相談ごとであることがほとんどで、そのため、1時間近くの無料電話相談会とあいなることが多い。私以上に、携帯の電池がかなり消耗する。
Pさんもきっとなにか新しい相談事ができたのに違いない。
しかしそれにしても1年以上何の連絡もない人が「だれだかわかりますか。」はないんじゃないだろうか。
いくら私が暇をもてあましているといっても、つまらない問答は趣味ではない。
相手がPさんならやむを得ないとも言えようが、次に電話がかかってきたら、私はまずそのことを諭してあげようと思う。
2008/9/18 3:50
偉い人たちの前で偉そうにセクハラの話しをする 弁護士・法律
夕刻から、不動産同門会(仮称)という、ある結社の定例会に招かれた。
表向きは、不動産業界で活躍されている方々の勉強会とされている。
その幹部であるLさんから、「弁護士として何か法律問題のタメになる講演をお願いしたい。」と依頼されたのである。
Lさんは、実はほかにも講師の候補者は山ほどいるところ、いつも仕事がなくブラブラしている私を見かねて、そういう風に手を差し伸べてくれたのである。
しかし、私が法律問題でしゃべれることといえばセクシャル・ハラスメントのことしかない。それでもいいのですか、と尋ねたら、いいよ、というので、私は臆面もなく講師をかってでたのであった。
会場は東京駅にほど近い超高層ビルの22階で、まず素晴らしい夜景に息を飲んだ。しかし、集まった方々を見渡したら、私よりも先輩格の方々ばかりで、しかも、名簿を見たら、早い話が偉い人たちばかりだった。
しかも、次の瞬間、私は、講演の原稿を家に置き忘れてきてしまったことに気付いた。
与えられた時間は1時間。
1時間もの間、私はただひたすら、セクハラとはセクシャル・ハラスメントの略です、セクハラはよくありません、やめましょう・・・ということだけ繰り返すしかなかった。
その間に多くの聴衆が眠りに陥ったな、と私は確実な手ごたえを感じた。
・・・弁解になるが、あの原稿さえあれば、私はもっと立派な講演ができた。なぜなら、その原稿はある有名な先生の講演のパクリだったからである。
しかし、すでにそれぞれ確固たる地位にありながら、その日の仕事を終えてこういう勉強会に参加しようという余裕のある人たちは違うナ、と思った。
講演後、「今日は本当に勉強になりました。セクハラとはセクシャル・ハラスメントの略であること、セクハラはよくないこと、セクハラはやめなければならないことが、よくわかりました。こんなによくわかるお話は初めてでした。本当にお忙しいところ有難うございました。」などと、みながみな口々に温かかったのである。
しかも、「よろしければ、この後、懇親会を予定していますので、先生もご参加いただけませんか。」とまで誘ってくれ、本来遠慮すべきところ私がヌケヌケと「はい。喜んで。」と応じたところ、手配されていた居酒屋でいろいろなご馳走をおごってくれさえしたのである。
私は、不動産業者だからといって偏見を持つのはよくない、と思った(・・・だれも持ってません!? 失礼!!)。
いずれにせよ、はからずもこういう風に多くの方々の知遇を得たのは、自営業者として幸せなことだった。
私は、Lさんに心から感謝している。
表向きは、不動産業界で活躍されている方々の勉強会とされている。
その幹部であるLさんから、「弁護士として何か法律問題のタメになる講演をお願いしたい。」と依頼されたのである。
Lさんは、実はほかにも講師の候補者は山ほどいるところ、いつも仕事がなくブラブラしている私を見かねて、そういう風に手を差し伸べてくれたのである。
しかし、私が法律問題でしゃべれることといえばセクシャル・ハラスメントのことしかない。それでもいいのですか、と尋ねたら、いいよ、というので、私は臆面もなく講師をかってでたのであった。
会場は東京駅にほど近い超高層ビルの22階で、まず素晴らしい夜景に息を飲んだ。しかし、集まった方々を見渡したら、私よりも先輩格の方々ばかりで、しかも、名簿を見たら、早い話が偉い人たちばかりだった。
しかも、次の瞬間、私は、講演の原稿を家に置き忘れてきてしまったことに気付いた。
与えられた時間は1時間。
1時間もの間、私はただひたすら、セクハラとはセクシャル・ハラスメントの略です、セクハラはよくありません、やめましょう・・・ということだけ繰り返すしかなかった。
その間に多くの聴衆が眠りに陥ったな、と私は確実な手ごたえを感じた。
・・・弁解になるが、あの原稿さえあれば、私はもっと立派な講演ができた。なぜなら、その原稿はある有名な先生の講演のパクリだったからである。
しかし、すでにそれぞれ確固たる地位にありながら、その日の仕事を終えてこういう勉強会に参加しようという余裕のある人たちは違うナ、と思った。
講演後、「今日は本当に勉強になりました。セクハラとはセクシャル・ハラスメントの略であること、セクハラはよくないこと、セクハラはやめなければならないことが、よくわかりました。こんなによくわかるお話は初めてでした。本当にお忙しいところ有難うございました。」などと、みながみな口々に温かかったのである。
しかも、「よろしければ、この後、懇親会を予定していますので、先生もご参加いただけませんか。」とまで誘ってくれ、本来遠慮すべきところ私がヌケヌケと「はい。喜んで。」と応じたところ、手配されていた居酒屋でいろいろなご馳走をおごってくれさえしたのである。
私は、不動産業者だからといって偏見を持つのはよくない、と思った(・・・だれも持ってません!? 失礼!!)。
いずれにせよ、はからずもこういう風に多くの方々の知遇を得たのは、自営業者として幸せなことだった。
私は、Lさんに心から感謝している。
2008/9/15 1:26
飛行機の中で隣の女性にやたら話しかける自称民謡歌手のオッサン 弁護士・法律
沖縄県宮古島に日帰り出張して、那覇経由でさっき帰ってきたところだが、帰りの飛行機は、全日空のシステム障害と前日の台風の影響で満席だった。
私は、3人がけの通路側にすわったが、右隣には、体格のいい若い女性がすわった。そしてそのさらに右、つまり窓側には、よく日焼けしたアロハのおっさんが座った。髪の毛を後ろで結わき、さらに野球帽をかぶっている。
いま、そのおっさんをAとしよう。
Aは、聞かれもしないのに、自分はこれから東京に行くのだ、何で行くかわかるか、コンサートに出演するために行くのだ、だから楽器を持っているのだ、その楽器は何だかわかるか、三線(さんしん)だ、私は民謡歌手、ステージに出演しているのだ、ところであなたは旅行の帰りか・・・等々、となりの女性にしきりに話しかけていた。
気の毒なことに、女性はいちいち相槌を打っており、結局このあと、この便が東京に着くまで2時間以上も、辛抱強く、Aの話し相手をさせられることになる。
よく聞いていると、Aもある離島からの乗り継ぎ客らしく、自分が住んでいる島のニワカ親善大使と化し、地元のことを大いにPRし始めた。
私は、どうせ本土からそこに移住した人だろうと思って、話しをそれとなく聞いていたが、やっぱりそのようで、出身は千葉の船橋だ、島に住んで19年になる・・・とか聞かれもしないのに女性に語りかけていた。
旅は道連れ・・・というが、こうしてたまたま隣り合った人に話しかけるのも考えものである。もちろん、そういう出会いが好きな人もいよう。女性も話がしたいかもしれない。
・・・しかし、したくないかもしれない。
いや、織田裕二や亀梨和也に話しかけられるなら誰だってうれしいだろうが、変なおっさんに話しかけられたってうっとうしいだけだ・・・Aは自分が変なおっさんであることがわかっていないのだろうか、この俺のように。
私は飛行機でも電車でも、いつもブスーッと黙って座っている。だからといって、「ちょっと何かしゃべったらどうですか、感じ悪いオッサンですね!」とか抗議を受けたことはこれまで一度もない。客室乗務員に「どこかお加減悪いのですか。」と聞かれたことはあるけれど。(そりゃぁ、どうせ俺は顔色が悪いですよ!)
いずれにせよ、私はいつもそんな考え方で、見ず知らずの人にこっちから話しかけたり、特別用事もないのに人を会合に誘ったりとか、絶対にしないようにしているのだが、「世の中そういうものでもあるまい。」・・・これが、話し好き、交際好きの人の言い分であり、不動の信条なのである。こういう人の中には、他人は自分の趣味に付き合う義務があるのだと考えている人もいるようだ。しかし、世の中の人だれもが自分と同じように社交的と思われちゃあ困る。
・・・とはいえ、今日のAは社交家というより、ただのうるさいおっさんであった。
少なくとも、私は彼の民謡ステージを聞きたいとは思わない。
私は、3人がけの通路側にすわったが、右隣には、体格のいい若い女性がすわった。そしてそのさらに右、つまり窓側には、よく日焼けしたアロハのおっさんが座った。髪の毛を後ろで結わき、さらに野球帽をかぶっている。
いま、そのおっさんをAとしよう。
Aは、聞かれもしないのに、自分はこれから東京に行くのだ、何で行くかわかるか、コンサートに出演するために行くのだ、だから楽器を持っているのだ、その楽器は何だかわかるか、三線(さんしん)だ、私は民謡歌手、ステージに出演しているのだ、ところであなたは旅行の帰りか・・・等々、となりの女性にしきりに話しかけていた。
気の毒なことに、女性はいちいち相槌を打っており、結局このあと、この便が東京に着くまで2時間以上も、辛抱強く、Aの話し相手をさせられることになる。
よく聞いていると、Aもある離島からの乗り継ぎ客らしく、自分が住んでいる島のニワカ親善大使と化し、地元のことを大いにPRし始めた。
私は、どうせ本土からそこに移住した人だろうと思って、話しをそれとなく聞いていたが、やっぱりそのようで、出身は千葉の船橋だ、島に住んで19年になる・・・とか聞かれもしないのに女性に語りかけていた。
旅は道連れ・・・というが、こうしてたまたま隣り合った人に話しかけるのも考えものである。もちろん、そういう出会いが好きな人もいよう。女性も話がしたいかもしれない。
・・・しかし、したくないかもしれない。
いや、織田裕二や亀梨和也に話しかけられるなら誰だってうれしいだろうが、変なおっさんに話しかけられたってうっとうしいだけだ・・・Aは自分が変なおっさんであることがわかっていないのだろうか、この俺のように。
私は飛行機でも電車でも、いつもブスーッと黙って座っている。だからといって、「ちょっと何かしゃべったらどうですか、感じ悪いオッサンですね!」とか抗議を受けたことはこれまで一度もない。客室乗務員に「どこかお加減悪いのですか。」と聞かれたことはあるけれど。(そりゃぁ、どうせ俺は顔色が悪いですよ!)
いずれにせよ、私はいつもそんな考え方で、見ず知らずの人にこっちから話しかけたり、特別用事もないのに人を会合に誘ったりとか、絶対にしないようにしているのだが、「世の中そういうものでもあるまい。」・・・これが、話し好き、交際好きの人の言い分であり、不動の信条なのである。こういう人の中には、他人は自分の趣味に付き合う義務があるのだと考えている人もいるようだ。しかし、世の中の人だれもが自分と同じように社交的と思われちゃあ困る。
・・・とはいえ、今日のAは社交家というより、ただのうるさいおっさんであった。
少なくとも、私は彼の民謡ステージを聞きたいとは思わない。
2008/9/13 11:21
露鵬、白露山らの大麻問題を考える 弁護士・法律
若の鵬、露鵬、白露山の大麻問題が民事訴訟に発展する気配だ。
大麻は吸引だけなら法律では禁止されていない。
若の鵬は所持もしていたとのことで、起訴猶予処分になったそうだが、相撲協会から解雇されたのもやむを得ない印象がある。
他方、露鵬、白露山の兄弟は、吸引をしただけであり、さしあたり刑事責任は生じていない。このふたりまでも解雇されたことについてはいろいろな評価がありうると思う。
ところで、私にとっては、力士が相撲協会から解雇される身分、すなわち相撲協会に雇用される労働者であるらしいことが、そもそも意外だった。
であれば、就業規則が存在し、そこに懲戒解雇事由がきちんと定められているのだろうか。今回の大麻吸引という私生活上の非行が懲戒解雇事由にあたるかどうかというところも気になる。しかも、その非行は、“抜き打ち検査”をして初めて発覚したというもの。公益法人である以上、デュー・プロセスの要請をそうはないがしろにできまい。
また仮に就業規則に定めがないとすれば、相撲協会は、労基署の特別な認定を受けない限り、3人には30日前に予告をするか予告手当を支払わねば解雇できないはず(労働基準法第20条)。しかし、新聞報道等による限りだが、今回はあっさり即時解雇されてしまっている。
このようにざっと考えても、本件にはいろいろな法的問題がひそんでいるように思える。
ところで、曲げを結い、羽織姿で日本語で釈明会見などしてる図体のでかい異人の姿はなんとなく不憫だった。とくに白露山などは頭も禿げており――ココが大事なところだが――決して二枚目とはいえずどこか愛嬌がある。もちろん、大麻吸引は犯罪になろうとならなかろうとよくない。このブログも薬物はぜったいにダメという立場に立つ。
しかし、必死になって相撲をしたいしたいという彼ら。ぜったい彼らはほとんどの日本人よりよっぽど相撲が好きなのだ(あくまで金目当てではあろうが。)。こんな彼らを単純に追い出して事足れりとする相撲協会、それを当然視する日本社会の包容力のなさにはちょっとがっかりだ。右も左もわからぬ若者をお金でつって日本に連れてきて、相撲しかできない「相撲バカ」にしておきながら、厄介者になった途端にただ「クニに帰れ」はなかろう。
新聞に「日本に来てあれだけがんばったんだから、もうしません、これからまじめにします、と約束すれば、もう一度相撲をとらせてあげてもいいんじゃないか。」というある市民の談話が出ていたが、心情的にはこれに賛成。
・・・かくまで私はとことん少数派なのだ。
大麻は吸引だけなら法律では禁止されていない。
若の鵬は所持もしていたとのことで、起訴猶予処分になったそうだが、相撲協会から解雇されたのもやむを得ない印象がある。
他方、露鵬、白露山の兄弟は、吸引をしただけであり、さしあたり刑事責任は生じていない。このふたりまでも解雇されたことについてはいろいろな評価がありうると思う。
ところで、私にとっては、力士が相撲協会から解雇される身分、すなわち相撲協会に雇用される労働者であるらしいことが、そもそも意外だった。
であれば、就業規則が存在し、そこに懲戒解雇事由がきちんと定められているのだろうか。今回の大麻吸引という私生活上の非行が懲戒解雇事由にあたるかどうかというところも気になる。しかも、その非行は、“抜き打ち検査”をして初めて発覚したというもの。公益法人である以上、デュー・プロセスの要請をそうはないがしろにできまい。
また仮に就業規則に定めがないとすれば、相撲協会は、労基署の特別な認定を受けない限り、3人には30日前に予告をするか予告手当を支払わねば解雇できないはず(労働基準法第20条)。しかし、新聞報道等による限りだが、今回はあっさり即時解雇されてしまっている。
このようにざっと考えても、本件にはいろいろな法的問題がひそんでいるように思える。
ところで、曲げを結い、羽織姿で日本語で釈明会見などしてる図体のでかい異人の姿はなんとなく不憫だった。とくに白露山などは頭も禿げており――ココが大事なところだが――決して二枚目とはいえずどこか愛嬌がある。もちろん、大麻吸引は犯罪になろうとならなかろうとよくない。このブログも薬物はぜったいにダメという立場に立つ。
しかし、必死になって相撲をしたいしたいという彼ら。ぜったい彼らはほとんどの日本人よりよっぽど相撲が好きなのだ(あくまで金目当てではあろうが。)。こんな彼らを単純に追い出して事足れりとする相撲協会、それを当然視する日本社会の包容力のなさにはちょっとがっかりだ。右も左もわからぬ若者をお金でつって日本に連れてきて、相撲しかできない「相撲バカ」にしておきながら、厄介者になった途端にただ「クニに帰れ」はなかろう。
新聞に「日本に来てあれだけがんばったんだから、もうしません、これからまじめにします、と約束すれば、もう一度相撲をとらせてあげてもいいんじゃないか。」というある市民の談話が出ていたが、心情的にはこれに賛成。
・・・かくまで私はとことん少数派なのだ。
